うんこ例文@川崎水族館




「水」という漢字を使用するにあたり「水風船」を持ってくる段階で、すでに詩人としての才覚が人とは一線を画していますが、うんこを「水風船に入れ」、さらにそれを「波に流す」。一読して驚き、何度も読み返しては目を閉じました。「海に流す」のでも「川に流す」のでもありません。「波に」流すのです。言葉の選択に作者のこだわりをどうか感じていただきたい。このうんこ例文に満ちた詩情と謎めいた空気感は、傑出した日本文学作品と同等がそれ以上の価値を持っていると私は断言します。





何と胸を締め付けられるうんこ例文でしょうか。涙があふれるのを止められませんでした。「こんど公開されるジブリ映画のキャッチコピーだよ」と言われれば誰もが信じることでしょう。作者は「流れる」「決して」等の言葉を漢字で書けないわけではないと推測します。すなわち意図的に「水」以外の文字をひらがなで統一しているはずです。考えぬかれたうんこ例文は、映画一本分に相当する物語を読者に伝え得るのです。





3歳でこれほどのうんこ例文を詠む人材がいるのなら、日本の未来についてもはや何の憂いも持たなくてよいのかもしれません。この例文の最大の注目点は「メガネに」です。「うんこがついたので水道で洗った」ならば、読者に与える感慨は特筆するものではなかったでしょう。しかし「うんこがメガネについた」のです。いったい何故?どのような姿勢でうんこをしているのか?優れたうんこ例文には常に「余計な具体性」があり、そして適度な「謎」を与えてくれます。





非常にテクニカルなうんこ例文です。「水中」をうんこ例文に組み込もうとする場合、「水中にあるうんこ」を描写するような切り口になることが殆どです。ところが本例文は「水中からうんこを観察する」という。主体が水中にいるという前提にも独創性がありますし、「水中で」ではなく「水中から」ですから、これはどうやら「うんこを下から眺めている」ような光景が見えてくるのです。作者の不思議な感性がこの短文の中にしっかりと表されています。
